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創作から興味ある事柄まで気まぐれに綴ります
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  <1.探偵登場>


 H市の西外れに低くそびえる歩見山の麓に、二階建てのみすぼらしい小さなビルがある。
 ビルと言っても一階に一つ・二階に二つの部屋があるきりで、後ろに迫る雑木林には押し潰されそうだし、周りは休耕田が広がるばかりという何とも侘しい風体だ。
 そしてこの二階に事務所を構えているのが、『古辺犯罪研究所』の所長こと古辺玲四郎(こべ・れいしろう)その人なのである。
 
「何とも不思議だ」
 窓際を背に設置された古い書斎机に新聞を放り出すと、古辺は独り言の様に言った。
 それを聞いたアルバイト助手の新垣真人(にいがき・まこと)は、携帯型ゲーム機に興じる手を休めてソファーから身を起こした。
「ああ、一昨日の夜に出崎町で老夫婦が殺された事件ですか。確か動機が全く見当たらなくて、金品も手付かずなんですよね」
 助手の言葉に、古辺はニヤリと笑った。
「これは昨日の新聞だよ、新垣くん。僕が不思議だと言ったのは、もうすぐ午前10時だというのに今日の朝刊が来ていない事さ」
「えっ、そうなんですか。では販売店に電話してみましょうか?」
 新垣がテーブルに置いてある自分の携帯電話に手を伸ばした。
 この事務所には電話が無いのである。
「それもいいが、どうせ暇を持て余しているのだし、なぜ今朝に限って新聞が届いていないのか一つ考えてみようじゃないか」
 古辺はそう言うと、自分もソファーに移って来た。
「かれこれ一年近く、ここへ新聞を配達して来るのはいつも同じ人物だ。君も何度か見て知っているだろう。首に青いタオルを巻くのがトレードマークの、年中浅黒く日焼けした青年だ。彼が新聞を配達し損ねた事は一度も無い。このビルは住宅地から離れている為わざわざ回り道せねばならず、それが返ってここを深く印象付けているんだろう。だが、今朝は玄関の郵便受けに何も入っていなかった」
 所長の提案に助手はしばらく思いを巡らせていたが、やがて言った。
「配達員も店も、うっかり忘れているだけじゃないでしょうか。いつもの配達員が休んでいて、代わりに出た人間がここへ寄るのを忘れた可能性もありますし」
「まず頭に浮かぶのは最初の方の意見だね。単に忘れたせいという理由さ。しかし、第二の謎がこれに疑問を投げ掛ける。“なぜ郵便受けの底に血痕があるのか”というのがそれだ」
「血痕ですって!」
 新垣が素っ頓狂な声を上げた。
「うむ。と言っても血溜りなどではなく、血を擦った様な痕があるだけなんだがね。夕刊を取った時に異常は無かったので、血が付いたのは昨日の午後4時過ぎから今日の午前7時過ぎの間という事になる」
 古辺はそう言うと机の方へ戻り、一番大きな引き出しから膨らんだ大判封筒を取り出して見せた。
 その中には、問題の郵便入れが収められているらしい。
「この郵便入れは、念の為に知り合いの盤場(ばんじょう)警部に渡して調べて貰おうかと思っている。いや、玄関には以前新聞を取っていた時の郵便入れを掛けておいたから心配ない。青と紺の違いはあるが、同じビニール製のお手軽タイプさ」
 しかし、助手はどうも負に落ちない様子である。
「僕には、蓋を開けてみれば他愛も無い理由だったという事になりそうな気がします。それに新聞店に配達したかどうかの確認をとるのが、一番効率が良いのでは?」
「事件性が無いならそれでいいんだよ。これは直感というヤツでね。暇を持て余した専門家には…おや、誰か来たようだ」
 確かにドアをノックする乾いた音が、コンコンと響いている。
「僕が出ましょう」
 新垣はソファーを飛び越すや、急いで事務所のドアを開けた。
 彼は何者かと一分足らず話をしていたが、やがて笑みを浮かべながらドアを閉めた。
 手には新聞と包装紙が巻かれたタオルが握られている。
「新聞店の人でした。やはり配達ミスだった様で、平謝りしていましたよ。うちは電話が無いもんだから、事前に連絡せずに直接来たそうです。これで謎の一つは解けましたね」
 その声を背後に聞きながら、古辺は西へ遠ざかる自転車を眺めている。
 彼の口元は段々と不敵に緩んで行き、それは新聞店員が見えなくなるまで続いたのだった。
「新垣くん」
 ようやく助手の方へ振り向いた古辺の表情は、いつに無く真剣であった。
「君に詫びを言ってそれを渡した人物は、いつもの日焼けした青年かい?」
「いえ、初めて見る人でした。二十代前半の真面目そうな青年でしたよ」
 不審気に相手を見ながら、助手は言った。
 それを聞いた古辺は、考えをまとめる時にいつもそうする様に、机の周りを行ったり来たりし始めた。
 そして数分後、何かを決断した様子で新垣に言い放ったのである。
「僕は今から出掛けるから、君も昼前には帰りたまえ。アパートに着くまでそれとなく尾行に用心するのが大切だが、あくまで自然に振舞うのも重要だよ。着いたら、今日はどこへも行かずに部屋へ篭るんだ。くれぐれも戸締りを忘れずに。明日以降の事は、また携帯電話に連絡する。僕の些細な疑念が、思い過ごしであればいいんだが」
 未だ功無き犯罪研究家は、助手にそう言い残して足早に事務所を出て行った。



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