創作から興味ある事柄まで気まぐれに綴ります
<7.凶刃の宿命> 古辺犯罪研究所の二人が目的地である霧霜神社についたのは、駅前の喫茶店を出てから約30分後の事だった。 古辺の腕時計の針は、ちょうど11時5分を指している。 そこは住宅街の側とは思えないほど静寂に満ちていて、神社全体を大きく取り囲む木々の群は、まるで拝殿を守るように聳え立っていた。 ここまで乗って来たタクシーの運転手に聞いたところ、ここは地元の人間なら殆どの者が知っている場所らしい。 秋祭り・七五三・厄除けなど、市民にとって生活に欠かせない存在となっているのだろう。 入口左手の駐車場には一台も車は停まっておらず、出入りする人間も入口から見る限り見当たらない。 余りの静けさに薄気味悪さを感じながら、古辺らは神社の中へと入って行った。 門を潜ると、樹木の密度が増して辺りが暗くなる。 やがて日影の道を数十メートル行くと、小振りで古めかしくも立派な拝殿が姿を現した。 「東馬は何故ここを選んだんでしょう?今は人気が無いものの、こんな住宅街の近くで接触するなんて危険だと思うのですが」 「恐らく、平日のこの時間は邪魔が入りにくいと知っているんだろう。それに逃亡するなら、辺鄙な所よりも交通の便が良いここの方が有利だ。どちらにしても、ヤツは早めに片を付ける気で居るに違いない」 二人は周りを警戒しながら、とうとう拝殿の前まで来た。 だが、呼び出した相手の気配がうかがえない。 「もしかすると、あの電話は犯人の分断作戦だったんですかね。少しでも力を削いでおこうとしたのかも」 どこかホッとした表情で、新垣が言った。 “ブーン” 予期せぬ時に自分の携帯電話が振動したので、新垣は心臓が痛くなった。 これではまるで、アパートを襲撃された時と同じではないか。 「もしもし、新垣です。ああ、櫛川さん。えっ!東馬がホテルから姿を消した?!」 静まり返った空間に、新垣の驚いた声が響く。 やはり東馬は、こちらの意図を読んでいたのである。 「ええ、分かりました。そう伝えます」 助手は電話を切ると、沈んだ面持ちで所長に報告した。 「東馬は、いつの間にかホテルを抜け出した様です。嘉犀をはじめ『千験』の一味と疑われる五名も、どこへ行ったか行方知れずなんだとか」 それを聞いた古辺は浅く溜め息を吐くと、上着のポケットに両手を突っ込んで拝殿を睨んだ。 「地元警察の動きを察知されたか。まぁ万事が上手く行く事など稀なのだし、今回は仕方あるまい。いつか合間見えるチャンスもあるだろう」 この時である。 遠くで何か擦れる様な音がしたかと思うと、新垣の目の前で古辺が前のめりに倒れ込んだ。 見ると、背中に和弓の物と思われる矢が刺さっている。 「新垣くん…急いで逃げ給え」 苦しそうに古辺がうめく。 その矢が刺さった部分が紅く染まって行くのを見て、弾丸や刃物を防げるベストでも、矢は勝手が違うのだと新垣は悟った。 「し、しかし…」 「早くしたまえ!がむしゃらに逃げて、櫛川刑事に応援を呼ぶんだ」 自分に肩を貸そうとする新垣を古辺が一喝した次の瞬間、新たな矢が彼の背後に突き刺さり、低い断末魔を上げてその場に沈んだ。 「所長!しっかりして下さい!!」 助手が激しく体を揺すっても、それきり古辺は動かない。 才を秘めながらも名を成す時を得ず、古辺玲四郎は絶命したのである。 激しい衝撃と憤怒に打たれた新垣だったが、自分までやられると元も子もないと思い直し、周りの木に身を隠しながら彼は門を目指した。 矢が刺さった方向から見て、敵は拝殿を正面に見て左斜め後方に潜んでいると思われる。 そちらを警戒しながら、新垣は木を盾に次々と進んで行く。 幸い日の光を遮断するくらいに樹木が生えているので、意外とリスクの少ない逃亡経路であった。 しかし門の近辺に来てみると、一番大事な最後の十数メートルに、何も隠れる所が無いではないか。 あともう少しという所で、新垣は立ち往生せざるを得なくなった。 長い迷いの時間が過ぎ、彼が一か八かの賭けに挑もうとしたその時、あの東馬尚喜が門の向こう側から姿を現したのである。 東馬は気弱で真面目そうな最初の印象とは別人の表情をしており、全身から殺気が満ち溢れる精悍で獰猛な姿をしていた。 その右手には細くて鋭利極まりないナイフを握っていて、これで新垣の命を奪おうとしているのは明らかだった。 「今度は逃がさん」 彼は標的に冷たく告げると、門を跨いでジリジリとこちらに詰め寄って来た。 新垣は反対方向に逃げたかったが、そちらには弓を構える賊が狙っているのだ。 進退きわまって動けなくなった新垣は、内心うろたえながらも覚悟を決めた。 東馬がナイフを使う気なら、体術で首を折られる確立は減る。 またナイフでも首を斬られさえしなければ、古辺の忠告でジャンパーの右ポケットに入れてある、強力なスタンガンを使うチャンスが来るはずなのだ。 『さぁ、来てみろ』 新垣が決死の布陣を取った時、またも意表を付く事態が起こった。 “パン”という乾いた音が響き、更に“パン、パン”とそれは続いた。 新垣は腹部に衝撃と痛みを覚え、その場に膝を付く。 苦痛に顔を歪めながら前を見ると、何故か東馬もうずくまっていた。 「新垣くん、無事か!」 そう叫びながら門の向こうから現れたのは、こちらへ来ていない筈の盤場警部だった。 「ワシの撃った弾が、東馬を貫通して君に当たるとは…。おお、防弾チョッキを着てるのか!そいつは良かった」 「け、警部さん。どうしてあなたがここに…」 「古辺くんの進言でね。君達を尾ける者が現れた場合を考えて、密かに後を追っていたんだ。櫛川にも知らせていない隠密作戦だよ。この神社には裏手から入ったんだが、拝殿近くの木から東馬が下りて来るのが見えた。ヤツは急いで塀を乗り越えると門のほうへ向かったので、ワシも拳銃を手にそれへ続いたという訳さ。やれやれ、人を撃つなど初めての経験だが、善良な市民を助ける為なら寝覚めも悪くあるまい」 新垣の予想とは違い、弓を放ったのも東馬自身だった様だ。 外から門へ回って待ち伏せる考えだったのだろうが、後ろへ逃げれば一番安全だとは夢にも思わなかった。 痛みが和らいだ新垣がもう一度東馬を見直すと、さっきの態勢のまま微動だにしない。 若き殺人者は、その短い生涯を、自らの血溜りに伏して終えたのである。 「それにしても、古辺君はどこへ行ったのかね。まさか、君を置き去りにして逃げた訳じゃあるまいね?」 わざとおどける命の恩人に、新垣は黙って拝殿の方を指差した。 その態度を見て俄かに顔色の変わった警部は、うろたえた様子で走って行く。 新垣はそれを追う気にはなれなかった。 「ああ、古辺君!何と言う事だ…」 静寂を取り戻した境内に、盤場警部の嘆く声が小さく響いた。 < 完 > PR |
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