忍者ブログ
創作から興味ある事柄まで気まぐれに綴ります
[19] [18] [17] [16] [15] [14] [13] [12] [11] [10] [9]
  <6.古の衆>
 
 
 古辺玲四郎と新垣真人、そして盤場警部の部下である櫛川(くしかわ)刑事の三人は、5月14日の午前10時前に新幹線で仙台市へ到着した。
 その日は曇り空だったせいか気温が低く、少し厚着しても問題ないくらいである。
 櫛川刑事は地元の警察署へ応援の要請に向かったので、残った二人は駅に程近い喫茶店で連絡を待つ事になった。
「いよいよ正念場だよ、新垣くん」
 自身は至って落ち着いた様子で、古辺が助手に覚悟を促した。
「櫛川さんから聞いた通り、桑島夫妻を入れて六人もの人間を殺めて来た相手と対決しようと言うのだ。どんなに用心しても危険はさほど薄まらない。我々は上着の下に刃物と銃弾を防ぐ特製ベストを忍ばせているが、何せ向こうは傭兵経験のある手練れだからね」
 それを聞いた新垣は、体の芯が震えるのを止められなかった。
 自分を亡き者にすべくアパートへ乗り込んできた賊と、今度は真っ向から対決しようと言うのだ。
 櫛川刑事や地元の警察官たちの補佐とはいえ、ゲリラ戦に長けた東馬はどんな手を使ってくるか分からない。
 彼の気分は沈みがちだった。
「今日の作戦を再確認しておこう。櫛川さんと地元警察の連合チームに合流したら、今度は二手に分かれて行動する事になる。一つのチームは市内にある“もりのさと児童擁護施設”に向かい、そこで長年に渡り代表を務める嘉犀十吉(かさい・じゅうきち)に任意同行を求める。僕はリストを持っていないが、同施設に勤める者も何人か引っ張られるだろう。同じ頃、僕達を含めたもう一つのチームは、東馬が潜伏していると情報のあったホテルへ乗り込む。こちらには、既に見張りを付けてあるらしい。そうだ、今のうちに嘉犀十吉について君に話しておこうか。この嘉犀という老人こそ、表向きは社会奉仕の一端を担う立場でありながら、実は怪しげな集団の長として暗躍する人物なのだ。嘉犀の家は代々からの地主として一目置かれる存在だったのだが、彼が複数のビル経営に失敗したせいで殆どの土地を手放してしまい、昔の勢いが嘘の様な経済状態だという」
「それは、どういう集団なんですか?」
 思わず助手が問った。
 すると古辺は、テーブルに置いてあるナプキンを一枚抜き取り、自前の万年筆で何やら書き綴った。
 ナプキンには『千験』と書いてある。
「せんけん…?」
「正しくは“せんげん”と呼ぶ。後ろの字は、ゲンを担ぐに使われるあのゲンで、縁起や祈祷の効果を指す。『千験』とは、仙台地方に古くからあるとされる密教の一派を指す名前だそうだ。異国伝来の面をかぶり妖しげな加持祈祷を行ったが、それは呪術により狙いを定めた人物に災いをもたらす為だという。世に乱れを起こす者を取り除いて、社会をあるべき姿に導くのが名目らしいがね。後年はより直接的な手段に出る様になり、伊達家によって『千験』は根絶やしにされたと文献は締めくくっている。ただ、長を含む数名が他藩へ逃れた噂も残っていて、後年かの地へ舞い戻り、権力者達を震え上がらせたという逸話もあるんだそうだ。僕が知り合いからこの話を聞いたのは随分前だが、頭のどこかに記憶していたのは幸いだったよ。盤場警部から東馬が仙台に関わりが深いと知り、ふと閃いたんだ」
 新垣は先程までの不安も忘れて聞き入っており、説明が途切れた所へ質問を投げ掛けずにはいられなかった。
「嘉犀十吉や東馬が、その『千験』と関係あるのは間違いないんですか?そんな伝承に近い話と、現代の犯罪事件に繋がりがあるとは信じられないんですが…」
「ところがね、新垣くん。地元警察の調べで、僕の推測がまんざら見当違いでもないと分かったのさ。『千験』は菱形の中に釘を表したマークを印章代わりにしていたのだが、かつて嘉犀が経営していたビル管理会社の社章が、それに酷似していると判明したのだ。恐らく彼は、『千験』を束ねる立場にあった者の子孫か、少なくともそれに近い立場の血筋なんだろう。東馬は東南アジアから帰国すると、まず自分の育った児童擁護施設を訪ねた。以前面倒を見た子が傭兵経験を積んで来たと知った嘉犀は、組織の殺し屋としてスカウトしたんだよ。その証拠に、東馬が再度仙台を離れる直前、政治団体の幹部が首の骨を折って変死する事件が起きている。この幹部は地元で相当顔の利く影の大物で、一般には殆ど知られていない人物だ。彼は嘉犀が事業に失敗する遠因を作っていて、それに対する私怨が、長らく断たれていた『千験』を復活させたのだろうと僕は見ている。東馬が滞在する先では、こう言った影の実力者が四人も変死したり殺害されたりしていてね。いずれも事件は迷宮入りしたままだ。彼らは亡き者にされる理由を持っていたが、唯一桑島夫妻だけがその例外だった」
「そう、それですよ。結局、東馬が二人を殺した動機は不明のままなんですか?」
 はたして、古辺はその回答も用意していた。
「警部が夫妻の自宅で見つけた日記に、大変興味深い記述があってね。今年の正月に仙台を訪れた際、人里離れた小さな神社に奇妙な面が飾られているのを見たと書いてあるんだ。異国のデザインを日本風に解釈して作った様な、どこか異様さを感じさせる面だったそうだよ。一方、嘉犀の一族は近隣に幾つかの神社を建立している。その中の一つを桑島夫妻が訪れ、『千験』の儀式に使う面を見たのではないだろうか」
「でも、たかが面を見たくらいで殺そうとはしないでしょう。他に何か理由があるのではないでしょうか」
「その神社は、嘉犀が持つ山林にひっそりと立てられていて、一般人に知られないよう、途中でわざと道を遮断する細工まで施してあるそうだよ。夫妻が何故そこを知ったのかは不明だが、神社仏閣の参拝が趣味というだけに、誰かに噂でも聞いたのかも知れぬ。実はねぇ、新垣くん。文献によると、その面は加持祈祷の際だけでなく、これと決めた人物を葬る場合にも被られたと記述があるのだ。儀式に用いるだけの祭具では無いというのを、我々は考慮しなくてはならない」
 新垣が空恐ろしさに背筋を凍らせている所へ、喫茶店のウェイトレスがコーヒーとココアを運んで来た。
 彼女は狭いテーブルへそれを置いて帰るかと思いきや、古辺に向かって伝言を言付かっていると告げた。
「先程、お店にアズマという方から電話が掛かって参りまして、この席においでのお客様に霧霜(きりしも)神社へ来てくれとの伝言がございました。タクシーで名前を言えば連れて行ってくれるから、そこで落ち合おうとの事です。心当たりがおありでしょうか」
 アズマという名前を聞いて、新垣は飛び上がらんばかりに驚いた。
 流石に古辺は取り乱さなかったが、かなり緊張した面持ちに変わっている。
「ああ、そうですか。有難う」
 古辺が礼を言うと、ウェイトレスは会釈して立ち去った。
「こ、古辺さん。ヤツは密かにホテルを抜け出し、僕らの居所を掴んでいるんですよ!」
 狼狽する新垣に、古辺はニヤリと口元を歪ませた。
「何も東馬だけの仕業とは限らない。『千験』の衆が、彼と連動して動いている可能性もある。新垣くん、君はすぐ櫛川さんに電話してくれないか。相手が自分達に捜査の手が及ぶ事を既に知っているので、こちらとは合流せずに、計画通り二手に分かれて突入する様に言ってくれ。僕らは、霧霜神社とやらに行くとしよう」


PR


忍者ブログ [PR]
カレンダー
03 2025/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
プロフィール
HN:
hiden
性別:
非公開
職業:
自営業
趣味:
小説などの創作をする事
バーコード
ブログ内検索
アクセス解析