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創作から興味ある事柄まで気まぐれに綴ります
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  <4.古辺の推理(後編)>
 
 
 この事実に、新垣は開いた口が塞がらない状態だった。
 いつもここへ配達して来る人物が怪しいのかと予想していた彼は、新たな容疑者が現れた事ですっかり動揺してしまっているのだ。
「で、では昨日朝刊を届けに来た青年が怪しいという訳ですか」
「それを確かめる為にも、一刻も早く新聞店へ聞き込みする必要があると考えたよ。ただ、例の青年が居ない時にやらなければ都合が悪いので、僕は脚に物を言わせて彼の後を追う事にした。オートバイで無かったのが幸いした格好だが、これも実は理由がある。あの時刻は配達時間外であり、オートバイは誰も使っていなかった筈だ。それなのに自転車で数キロの道のりを来たのは、エンジン音を聞かれて、新聞受けの中を拭き取る作業を感づかれたくなかったからだと思う。何せここは犯罪研究所と名乗っているのだから、後ろめたい人間にとって警戒すべき存在に違いないからね。新聞受けが以前の物と違う事に気付かなかったのは迂闊だが、暗いうちに配達していると青色が黒味かかって見えるので、紺色になっていても不思議に思わなかったのだろう。奴さんは急ぎもせずタップリと時間を掛けて新聞店へ帰ったが、今思えば我々の始末について考えながらの帰路だったのかも知れんぜ」
 悪戯っぽく笑う古辺だったが、新垣にとっては笑い事ではなかった。
「冗談はよして下さいよ。こっちは実際に狙われたんですから。しかし、どうやって僕のアパートを嗅ぎつけたんでしょう?実は所長が出て行った後、何だが一人で居るのが薄気味悪くなって、すぐにアパートへ帰ったんですよ。あの青年がゆっくり店に向かったのなら、僕を尾行出来るチャンスなど無いはずです。前もって住所を調べていたのなら別ですけど、これはちょっと現実味の無い話ですし」
「その通り。そこが問題なのだが、ひとまず話の続きをさせて貰うとするよ。店に着いた青年は、自転車を置くと中にも入らずそのままどこかへ歩き始めた。ここからは更に慎重な追跡になるので、最新の注意を払ったつもりだ。彼の住むアパートは店から少し離れた下町風の住宅街に建っていて、一階の一番奥に部屋を借りている。15分経っても出て来る気配が無いので、僕は急いで新聞店へ戻って行った。店には配達員は誰も居らず、社長らしきくたびれた中年の男だけだったので、昨日の朝刊が入っていなかった事やその後届けて来た事を話した。ところがね、新垣くん。社長はそんな事など全然知らなかったと言うんだ。また店の名前を印刷した包装付きのタオルは、常に棚に置いてある状態らしい。朝刊の余りは昨日の昼までなら誰でも持って行けたし、全てを隠密に済ますのはそれほど難しくなかったのが判明した。そして、昨日うちへ朝刊を配ったのはいつもの日焼けした方の青年だと分かった」
「ええっ、本当ですか?でも、新聞受けの中を拭き取ったのは…」
「そう、真面目そうな青年の方だ。紛らわしいので、2人の名前を言っておこうか。真面目そうな方が東馬尚喜(あずま・なおき)、日焼けした方が秋田透(あきた・とおる)だ。社長の見るところ二人は格別親しい訳では無く、同じ職場で働いているに過ぎないという。東馬の方は北側区域の配達が担当で、秋田とは別方向の配達に回っている。僕は出来るだけ相手に不審がられない様に注意しながら、様々な事柄を聞き出す事に成功した。そして今回の件に関係する、重大な事実を知ったのだ」
 古辺はそこで一息入れ、再び缶コーヒーで喉を潤した。
 新垣は先が聞きたくてウズウズしている様だが、我慢して待っている。
「実は昨日の朝、朝刊を配ろうという時になって、あるオートバイのエンジンがかからなくなってしまったそうだ。そこで最も近隣を配達する人間が自転車を使い、故障した人間にオートバイ使用を譲る事になった。ただ、近隣を担当する人間が五十代後半だった為、社長命令で東馬に自転車担当を任せたと言うじゃないか。しかも、それだけじゃない。東馬に代わって貰った五十代の配達員は、普段から使い慣れた年式のオートバイが良いと駄々をこね、更に秋田とオートバイを交換させてしまった。という事は、どういう状態になったか分かるね。昨日に限って、秋田は東馬のオートバイで新聞を配達したのだ」
 最後の言葉を聞いて、助手は凍り付いてしまった。
 そうだ、そうなのだ。
 東馬のオートバイのカゴに血が溜まっていたせいで、新聞の一部に血が沁み込んだ。
 一旦新聞を入れた秋田だったが、何かの拍子に血が付いているのに気付き、新聞をまたカゴに戻したのだ。
「問題のオートバイを調べてみると、汚れや傷を防ぐ目的でカゴに被せておくビニールが新品になっていた。ビニールに大きな穴が開いているからと、東馬が自分で取り換えたそうだ。実際はビニールに付いた血を、ただ拭き取っただけでは安心出来なかったのだと思うね。なお、朝刊が届いていないとの苦情は一件も無かったそうだ。予備の朝刊がどれだけ残っていたかは、既に業者が回収済みなのでもう分からない。ただ、大量に減っている様には見えなかったので、密かに持ち出したとしても少量だろうという事だ。余っている朝刊があったのにうちへ入れなかった理由は不明だが、ここは他と離れているから時間が無かったのかも知れない。通常の配達時間を大きく過ぎたので一旦は諦めたが、うちが何も言って来ないので、迷った挙句穴埋めしてみる気になったんだと思う。まぁ、犯罪研究所という名前が無ければ、そのまま放っておいたかもね。ここは一般家庭と違うので、出社が遅いと催促の電話が来なくても不思議ではないのだから。とにかくこれで、東馬と秋田が何らかの協力関係にあるという事が分かった。となると、君を尾行してアパートを突き止めたのは、秋田である可能性が高い。襲撃したのは東馬だろうがね。しかし、謎はまだある。秋田がどこで新聞に血が付いているが分かったのか、取り換えたとしたら何部か、または取り換え無かったのか等だ。だが、これらは当人に聞く以外は推測の域を出ないので深く考えないでおく。そもそも血は誰の物なのか、という謎に比べれば問題の内に入らないからね。ともかく一応は満足の行く情報を得たので、次に僕は盤場(ばんじょう)警部を訪れる事にした。警部とは旧知の仲だし、ある言葉を囁いたので全面的に協力してくれたよ」
「ある言葉?」
 古辺の口調が印象的な響きを持っていたので、思わず新垣がそう漏らした。
「うむ。まず頼んだのは、新聞受けに付着した血痕の分析だね。次に、東馬と秋田の身辺調査だ。過去の素性や経済状態など、細かい部分まで知りたいと言った。そして、最後に決めの言葉を囁いたんだ。この新聞受けの血と、出崎町で起こった殺人事件の被害者の血液型が一致しないか調べて下さい、とね」
「殺人事件!」
 再び新垣が発した声は、叫び声に近い物だった。
「そう、昨日の朝、君が何気なく僕に聞いたあの事件さ。東馬の配達する区域の中に出崎町が含まれていると知った時、別々の場所で起こった出来事が一本の線で繋がっていると閃いたんだ。そして分析の結果、二つの血液が同じであると判明した。更に凶器に使われたナイフも、刺創の形状が二件においてほぼ一致すると分かった。その直後、僕は深夜であるのも構わず、君へ避難せよとの連絡を入れた。既に二人殺害しているとなれば、どんな行動を起こすか分からないからね。秋田が東馬に協力していた理由に関しては、おおよその見当がつく。新聞に付いた血の事を東に尋ね、その時金品の提供でも持ち掛けられたのだろう。新聞店の社長によると、秋田はギャンブル好きでかなりの借金を抱えていたらしく…」
 長らく続いた古辺の推理は、不意にそこで途絶えた。
「どうしました、所長」
 虚空を見つめながら真剣に考え込む古辺を見て、助手が心配そうに声を掛けた。
「そうだ、出崎町の事件では金品類は一切盗まれていない。東馬が秋田の要望を叶える事など出来ないのだ」
 古辺はそう呟くと、テーブルの上に置いてある新垣の携帯電話を掴み取って、手早く番号を打ち始めた。
 彼はもどかしそうに相手が出るのを待っていたが、やがて相手と繋がったらしい。
「ああ、盤場警部ですか。僕です、古辺です。東馬と秋田の行方はまだ分かりませんか?成る程、そうですか。実は警部にお願いがありましてね。例の事件に関する事なんですが、今すぐに二人のアパートの近辺を捜索して欲しいのです。いや、それが急を要する事態でして。僕の考えに間違いが無ければ、どこかに秋田の死体があると思うのですよ」


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