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創作から興味ある事柄まで気まぐれに綴ります
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  <3.古辺の推理(前編)>
 
 
 アパート襲撃事件の翌日、いかにも疲れた表情の新垣が古辺犯罪研究所に出社して来た。
「今日は来なくても良かったんだよ、新垣くん。そうそう、刺された友人の経過はどうだい?重傷では無いとの事だったが…」
「ええ、思ったより傷は浅かった様です。ラグビーで鍛えてますから、寝起きでも自然と防衛本能が働いたのかも知れません。もう一人の友人は、刺しに行った賊を羽交い絞めにしたのですが、腕を捻られそのまま前へ投げ飛ばされてしまったそうです」
「ほう」
 古辺は興味深そうに、顎を手で摩った。
「という事は、犯人は格闘技を習った経験があるかも知れないな。腕に覚えのある若者に後ろから組まれ、それを咄嗟に投げ返すなど付け焼刃には困難な芸当だ。いきなりドアを蹴破り、寝ている人間へ迷わずナイフを振り下ろしているし、相当荒っぽい奴と見える」
 助手はそれを聞いても、気だるそうに頷くばかりだ。
「部屋の電気が消えていたとはいえ、賊は一人で黒ずくめの服装に黒い覆面を被っていた事は分かっている。君の知り合いを刺した凶器は、傷口の具合から見てサバイバルナイフの類ではないかという事だ」
 古辺はそこで話を切ると、特売でまとめ買いしておいた缶コーヒーを助手の前に置いた。
「しかし、今回の事は僕の手抜かりもある。まさかこんな大胆な手に出るとは思わなかったし、新聞の一件に何かあるという確証も得られていない状態だったからね。部屋を取り替えて賊に備えるという偶然が無ければ、恐らく君は殺されていただろう」
 その言葉に、新垣は思わず身震いせずには居られなかった。
 まさに所長が言う通りになっていたと、彼自身思うのである。
「本当に際どい所だった。何せ犯人は、既に二人の命を奪っているんだからね」
「な、なんですって!」
 驚いた新垣は古辺の説明を遮ってしまった。
「奴は殺人犯だというのですか」
「その通り。その事も含めて、今から順番に話すとしよう。昨日の午前7時過ぎ、僕はいつも通りに事務所へ来たのだが、ふと新聞受けに何も入ってないのに気が付いた。こんな事は久しく無かったので、思わず中を開いて覗き込んだのだが、果たしてそこには血を擦った様な形跡が見受けられた訳さ。直感が働いた僕はその青い新聞受けを保管し、替わりに以前貰っていた紺色の新聞受けを掛けておく事にした。それから君が出社するまで、何度も部屋を行ったり来たりしながら考えたね。なぜ今日に限って朝刊は届かず、新聞受けの内側に血痕が残されていたのか?そこで、一度は新聞を入れたものの、もう一度取り出したと仮定してみた。血は新聞に染みていて、それに気付いたから入れたままにしておけなかったのではないかとね」
「でも、なぜ新聞に血が付いたんでしょう?それは誰の血液なんでしょう?配達した本人の物とも考えられますよね」
 次第に興奮して来た新垣が、質問を投げ掛ける。
「もし配達者の血だとしたら、手に怪我をしていたか手袋に血が付いていた事になる。一旦新聞を入れたものの、手の血が新聞に付いているのが分かり、やむなく抜いたという寸法だ。ただ、血は底の方に付いていたので、オートバイのカゴの中に血が溜まっており、それが新聞に染みたと考えた方がしっくり来ると思ったのさ」
「なるほど」
 それを聞いて、助手も所長の意見に傾いた様だ。
「第三者の血が付着しているとなると、事件性が無いとは言い切れない。また、新たな新聞が届いていないのはどういう事だ。もし配達人が何かよからぬ企みを持っていてそれがバレては困るのなら、血の付いていない朝刊を入れておくはず。うちが新聞店に催促し、事が露見する可能性大だからね。ただ、配達人が新聞の血にいつ気付いたかによって、リカバーの難易度が変わってくる。この近辺は他の区域に比べて民家はまばらだが、新聞店があるのはここから数キロ西なので、うちで気付いたとしても既に相当数を配り終えた後だろう。もしかすると、配った全てが血で汚れているかも知れないのだ。これをいちいち確認し、入れ替えるのは大変な労力だと思うが、実際どう対処したのかは新聞店で詳細を聞くしかないと思った。これに加えて新聞受けの血を盤場警部に調べて貰えば、殆どの謎が明らかになる。ところが…」
 古辺はそこで言葉を切ると、缶コーヒーで口を潤し、また続けた。
「僕がそう考えている所へ、朝刊を入れ忘れてましたと持って来たわけさ。しかし、どうも納得出来なかった。第一、血の件は依然として解決していない。どちらにしろさっき言った2点は調べておこうと決断したが、今回の事に事件性があるなら万一の危険もありうると考えて、君に注意を促したのだ。新聞店員の自転車が完全に見えなくなるのを確認すると、行動を開始する事にした。僕は出掛ける前に、念の為に新聞受けの中身を確認した。そして自分の直感が正しかったのを知ったんだ」
「どういう事です?また何か付いていたんですか?」
 新垣がせっついた。
「その逆さ。長らくキャビネットの上へ放り投げていた新聞受けは、中に薄くホコリが張っているままだった。それが、どうした事か綺麗に拭き取られていたんだ。君に新しい朝刊とタオルを手渡した真面目そうな青年が、まだ血が付いていないかと念の為に掃除して行ったと見えるね」
 古辺は笑みを浮かべながらそう言った。


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  <2.助手の危機>


 その日、古辺の言う通りに行動した新垣は、少し早めに休む事にした。
 明日はいつもより早く大学の授業に出なければならないし、尾行に警戒しつつ帰宅した事が、彼をひどく疲れさせていたのである。
 しかし、いざ寝床に入ると中々寝付けなかった。
 今回の件は、別段気にする程でも無いと感じる事象なのだが、古辺は何故あんなに警戒するのか。
 普段は何事ものんびりと構える古辺を知っているだけに、一層それが気になるのだ。
 寝付けない理由はもう一つある。
 新垣はいま、就学中の住まいとして古アパートの二階に住んでいるのだが、ここには同じ大学へ通う友人が二人居た。
 彼らとテイクアウトの夕食を共にする時、今日の事をうっかり話してしまったのだが、腕に覚えのある二人は賊が侵入したら自分達が捕らえると言って聞かなかった。
 友人の一人はちょうど隣に住んでいたので、今晩は部屋を取り替えて待ち伏せするというのだ。
 申し出を断り切れなかった新垣は、いつもと違う部屋である事と、知り合いが隣で賊を待ち構えている事が気になって仕方ないという訳である。
 それから数時間が経過した、午前一時過ぎ。
 瞼が次第に重くなりようやく眠りに入ろうかという頃、アパートの階段をゆっくりと上がって来る音がした。
 彼らの部屋は二階の中ほどで、新垣の寝ている所はより階段に近い位置にある。
 このアパートには一階・二階共に学生ばかりが住んでいるので、遅くなった住人が迷惑を掛けまいと静かに階段を登っているのかも知れないが、古辺の忠告があるだけに断定はしかねた。
 外に居る人物は明らかに忍び足であり、迷惑を考慮しているにしても少しゆっくり過ぎはしないか。
 そうしているうちに相手はとうとう階段を登り切り、相変わらず慎重な足取りでこちらに近付いてくる。
 隣の友人達はこの事を感づいているのだろうか、と新垣は心配になった。
 彼らは夕食時に缶ビールを数本開けていたし、酔った勢いでの考えだけに、目的など忘れて寝ていてもおかしくない。
 すぐそこを歩いているのが賊の類なら、早急に知らせてやらねばならないが…。
 こんなときドアに鍵穴でもあれば外の光景が窺い知れるのだが、あいにく中側からはツマミを捻ってロックする仕組みになっている。
 新垣は意を決して布団から抜け出し、気取られる事の無いように注意しながら、ドアの方へと向かって行った。
 謎の人物は、ちょうど部屋の目の前を通過する所だ。
 外の気配に耳を澄ます新垣に緊張が走り、心臓の高鳴りは自分でも驚くほどである。
“ブーン”
 出し抜けに後ろから響いた音に、彼は飛び上がらんばかりに吃驚した。
 それは携帯電話が着信を知らせる振動音で、慌てた新垣は我を忘れてそれを引っ掴む。
 相手は果たして古辺であった。
『すぐにアパートを出るんだ、新垣くん!そして一番近くの交番に向かい給え!』
 だが、それは寸前の所で間に合わなかった。
 隣の部屋、つまり本来は新垣が住んでいる部屋から、ドアを蹴破るけたたましい音が聞こえたのである。
 そして次の瞬間、ギャーッと言う悲鳴が耳を襲う。
 数名の者達が格闘する激しい音と振動が、老朽化したアパート全体を揺らしているかの様だ。
 この組み合う音は1分ばかり続いたが、やがてドアが乱暴に開き、誰かが走り去って行くのが分かった。
 隣からは低い呻き声と共に、しっかりしろと言う声が聞こえている。
 仮にも犯罪研究所と名のついた所に勤める新垣だったが、一連の出来事に体が言う事を聞いてくれない状態であった。
『新垣くん!何かあったのか!』
 手にダランと持った電話からの声に、彼はようやく我に返った。
「所長、誰かが僕の部屋を襲った様です。僕は無事ですが、知り合いがやられた様です。賊は逃げたんですが…後を追いましょうか?」
『いや!危険だから追ってはいけない。僕はいま警察に居るから、盤場警部と一緒にすぐそちらに向かう。救急車も手配しておくから、そこでジッとしていたまえ』
 こうして恐怖の夜は更けて行ったのである。



  <1.探偵登場>


 H市の西外れに低くそびえる歩見山の麓に、二階建てのみすぼらしい小さなビルがある。
 ビルと言っても一階に一つ・二階に二つの部屋があるきりで、後ろに迫る雑木林には押し潰されそうだし、周りは休耕田が広がるばかりという何とも侘しい風体だ。
 そしてこの二階に事務所を構えているのが、『古辺犯罪研究所』の所長こと古辺玲四郎(こべ・れいしろう)その人なのである。
 
「何とも不思議だ」
 窓際を背に設置された古い書斎机に新聞を放り出すと、古辺は独り言の様に言った。
 それを聞いたアルバイト助手の新垣真人(にいがき・まこと)は、携帯型ゲーム機に興じる手を休めてソファーから身を起こした。
「ああ、一昨日の夜に出崎町で老夫婦が殺された事件ですか。確か動機が全く見当たらなくて、金品も手付かずなんですよね」
 助手の言葉に、古辺はニヤリと笑った。
「これは昨日の新聞だよ、新垣くん。僕が不思議だと言ったのは、もうすぐ午前10時だというのに今日の朝刊が来ていない事さ」
「えっ、そうなんですか。では販売店に電話してみましょうか?」
 新垣がテーブルに置いてある自分の携帯電話に手を伸ばした。
 この事務所には電話が無いのである。
「それもいいが、どうせ暇を持て余しているのだし、なぜ今朝に限って新聞が届いていないのか一つ考えてみようじゃないか」
 古辺はそう言うと、自分もソファーに移って来た。
「かれこれ一年近く、ここへ新聞を配達して来るのはいつも同じ人物だ。君も何度か見て知っているだろう。首に青いタオルを巻くのがトレードマークの、年中浅黒く日焼けした青年だ。彼が新聞を配達し損ねた事は一度も無い。このビルは住宅地から離れている為わざわざ回り道せねばならず、それが返ってここを深く印象付けているんだろう。だが、今朝は玄関の郵便受けに何も入っていなかった」
 所長の提案に助手はしばらく思いを巡らせていたが、やがて言った。
「配達員も店も、うっかり忘れているだけじゃないでしょうか。いつもの配達員が休んでいて、代わりに出た人間がここへ寄るのを忘れた可能性もありますし」
「まず頭に浮かぶのは最初の方の意見だね。単に忘れたせいという理由さ。しかし、第二の謎がこれに疑問を投げ掛ける。“なぜ郵便受けの底に血痕があるのか”というのがそれだ」
「血痕ですって!」
 新垣が素っ頓狂な声を上げた。
「うむ。と言っても血溜りなどではなく、血を擦った様な痕があるだけなんだがね。夕刊を取った時に異常は無かったので、血が付いたのは昨日の午後4時過ぎから今日の午前7時過ぎの間という事になる」
 古辺はそう言うと机の方へ戻り、一番大きな引き出しから膨らんだ大判封筒を取り出して見せた。
 その中には、問題の郵便入れが収められているらしい。
「この郵便入れは、念の為に知り合いの盤場(ばんじょう)警部に渡して調べて貰おうかと思っている。いや、玄関には以前新聞を取っていた時の郵便入れを掛けておいたから心配ない。青と紺の違いはあるが、同じビニール製のお手軽タイプさ」
 しかし、助手はどうも負に落ちない様子である。
「僕には、蓋を開けてみれば他愛も無い理由だったという事になりそうな気がします。それに新聞店に配達したかどうかの確認をとるのが、一番効率が良いのでは?」
「事件性が無いならそれでいいんだよ。これは直感というヤツでね。暇を持て余した専門家には…おや、誰か来たようだ」
 確かにドアをノックする乾いた音が、コンコンと響いている。
「僕が出ましょう」
 新垣はソファーを飛び越すや、急いで事務所のドアを開けた。
 彼は何者かと一分足らず話をしていたが、やがて笑みを浮かべながらドアを閉めた。
 手には新聞と包装紙が巻かれたタオルが握られている。
「新聞店の人でした。やはり配達ミスだった様で、平謝りしていましたよ。うちは電話が無いもんだから、事前に連絡せずに直接来たそうです。これで謎の一つは解けましたね」
 その声を背後に聞きながら、古辺は西へ遠ざかる自転車を眺めている。
 彼の口元は段々と不敵に緩んで行き、それは新聞店員が見えなくなるまで続いたのだった。
「新垣くん」
 ようやく助手の方へ振り向いた古辺の表情は、いつに無く真剣であった。
「君に詫びを言ってそれを渡した人物は、いつもの日焼けした青年かい?」
「いえ、初めて見る人でした。二十代前半の真面目そうな青年でしたよ」
 不審気に相手を見ながら、助手は言った。
 それを聞いた古辺は、考えをまとめる時にいつもそうする様に、机の周りを行ったり来たりし始めた。
 そして数分後、何かを決断した様子で新垣に言い放ったのである。
「僕は今から出掛けるから、君も昼前には帰りたまえ。アパートに着くまでそれとなく尾行に用心するのが大切だが、あくまで自然に振舞うのも重要だよ。着いたら、今日はどこへも行かずに部屋へ篭るんだ。くれぐれも戸締りを忘れずに。明日以降の事は、また携帯電話に連絡する。僕の些細な疑念が、思い過ごしであればいいんだが」
 未だ功無き犯罪研究家は、助手にそう言い残して足早に事務所を出て行った。





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